釣った魚に餌をやらない・・の本当の意味

「釣った魚に餌をやらない」という言葉があります。

一般的な解説としては、男性が女性を自分のものにするまではマメにデートに誘ったりプレゼントをしたり一生懸命なのは「達成感」を得るための「投資」であり、自分のものになって一定の達成感を得てしまうととたんに気持ちが冷めてしまうことで、急激に態度が変わってしまうという男の特性のようなことを例えた言葉ということになっています。

まあ、それはそれとして、私はこの「釣った魚に餌をやらない」という言葉について全く違うアプローチを持っています。

それは、これまでブログで書いてきた「愛は意志である」ということに関係します。

「釣った魚に餌をやらない」という言葉の根底には、逆に「釣られた魚は餌をもらうことしかしない」ということだからです。「愛」は「意志をもって相手を大切にする双方向の意志」です。しかしながら、「釣られた魚」は餌、つまり「愛」をもらうことが出来ても逆に飼い主側に「餌」つまり「愛」を与えることをしないわけです。もし生け簀の「魚」に「餌」をやらなければ「魚」は弱ってしまいます。逆に「魚」に餌をやり過ぎたらおそらく不健康な「魚」になってしまうと思います。人間に例えるならば「一方的な愛の押し売り」は必ず悪い結果になるでしょう。

「魚」ではなく「人間」であれば、愛を受けるだけではなく「愛する対象」に愛を注ぐことも自己の幸せを感じることにつながるわけですから、「餌」をもらうことしかしない前提の「魚」に人間の愛の営みを例えてしまった瞬間から、既に破綻に向かって歩んでいるようなものです。

「釣った魚」に餌を「やる」とか「やらない」という一方通行の発想ではなく、「釣った魚にどうしたら餌をもらうか」で悩んでもらいたいものです。そもそも「魚」に例えたことがその時代背景なのでしょうか、間違っていると思います。

「愛は意志」であり「双方向」です。このバランスが恋愛関係でも夫婦生活でも大切なのです。愛の表現方法は百人百様です。マニュアルはありません。二人に合ったスタイルで貫けばいいのです。また育てればいいのです。若い時代と歳を重ねた時代とはまた変わってくるでしょう。その時代ごとに流行る方法もあるでしょう。そこにパートナーを「愛する」という気持ちがあるかどうかが大事なのです。

しかし、考え方によっては、もしこの「魚」が池の高級鯉であるならば、飼い主が「餌」をやる代わりに、美しいその姿を飼い主に見せること、高級感を漂わせてその存在自体で飼い主の満足感に貢献することが出来れば、それが「魚」なりの「愛の表現」ということなのかもしれませんね。

今日はコンサルタントの独り言のような内容でした。

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日本結婚相談所連盟 正規加盟店 代表カウンセラー マイク関 マンション販売員から海外ゴルフ場開発、国内海外不動産開発、生産性コンサルタント、外資系他で大型商業施設・食品スーパー店舗開発、一部上場流通系企業の不動産関連子会社の代表取締役を経て独立。人と人とをつなぐことが仕事の中心でした。 人生経験豊富につきお気軽にご相談下さい。